新学期の恒例行事だった家庭訪問。しかし近年、全国的に家庭訪問廃止の動きが広がっています。なぜ廃止されるのか、本当に必要ないのか──。文部科学省の調査や総務省統計によれば、共働き世帯の増加や働き方改革が大きな要因とされています。この記事では、家庭訪問廃止の背景や影響、代替策、そして今後の学校と家庭の関係性について、最新情報と公式データをもとに詳しく解説します。
この記事でわかること
- 家庭訪問廃止の歴史と全国的な動き
- 家庭訪問廃止の背景にある社会的要因
- 廃止によるメリットとデメリット
- 家庭訪問の代替策と今後の展望
家庭訪問廃止の背景と歴史

- 家庭訪問の起源と目的
- 昭和〜平成時代の家庭訪問文化
- 働き方改革と共働き増加の影響
- コロナ禍による加速的な廃止
- 地域差と現状
家庭訪問の起源と目的
家庭訪問のルーツは、1891年(明治24年)に公布された「小学校教則大綱」にまでさかのぼります。当時の文書には、学校と家庭が密接に連絡を取り合い、児童教育の効果を高めることが明記されていました。明治期は就学率が男子66.7%・女子32.2%にとどまり(文部科学省統計)、不就学児童も多かったため、教員や学務委員が家庭に直接出向き、就学を促すことが重要だったのです。
戦後の混乱期を経ても、この伝統は脈々と続きました。昭和30年代以降は「学校と家庭の距離を縮めるための機会」として定着し、担任が直接家庭を訪問して保護者の要望を聞き、子供の生活状況を把握する行事となりました(アーバンライフ東京)。
家庭訪問は、単なる顔合わせ以上に、地域や家庭の状況を直接感じ取るための重要な教育活動だった
昭和〜平成時代の家庭訪問文化

昭和から平成初期にかけての家庭訪問は、いわば学校行事と社交行事のハイブリッドでした。訪問日は4月下旬〜5月に設定され、保護者は掃除やお茶菓子の準備に追われ、「わが家はしっかりしている」という印象を担任に持ってもらうための“見栄文化”も存在しました(住まいモンスター)。
一方、子供たちにとっては午後授業がなくなる嬉しい日であり、友達と遊ぶ時間が増える行事でもありました。家庭訪問は単なる面談の場ではなく、地域社会と学校をつなぐ年中行事としての側面が強かったのです。
しかし、この時代は専業主婦世帯が多数派であり、平日日中に保護者が在宅していることが前提でした。共働きが当たり前となった現代では、この前提が大きく崩れています。
働き方改革と共働き増加の影響
2018年の働き方改革関連法施行以降、教員の長時間労働是正が全国的に進められ、教育現場では業務の取捨選択が求められるようになりました。家庭訪問は教員にとっても保護者にとっても時間的負担が大きく、優先度が見直される契機となったのです(ファミリードクター)。
加えて、総務省の統計によると共働き世帯は約1240万世帯と、専業主婦(主夫)世帯の倍以上。平日日中に家庭訪問を受けるために休暇を取るのは、保護者にとって現実的ではありません。結果として、訪問形式は玄関先5〜10分や希望制への移行が進みました。
共働き増加と働き方改革が、家庭訪問文化を大きく変える分岐点となった
コロナ禍による加速的な廃止

2020年、新型コロナウイルス感染症拡大は、家庭訪問文化に大きな転機をもたらしました。全国の学校で授業参観や学習発表会などの行事が中止され、人との接触を最小限に抑えるため、家庭訪問も一斉に中止またはオンライン化が急速に進みました(ファミリードクター)。
オンライン会議ツール(Zoom、Teamsなど)を使った面談や、学校内での個別懇談に切り替える例が増え、結果的に「訪問しなくても必要な情報共有は可能」という認識が広まりました。この変化は、家庭訪問廃止の流れをさらに後押ししました。
一方で、オンライン面談では家庭環境や地域の様子を直接感じ取る機会が失われるため、子供の安全や生活環境の把握を重視する学校関係者からは懸念も上がりました。特に虐待やネグレクトの早期発見には現地確認が有効であるため、完全オンライン化に否定的な意見も存在します。
コロナ禍は家庭訪問を「やめても成り立つ行事」に変えたが、同時に教育現場に新たな課題を残した
地域差と現状
家庭訪問廃止は全国一律ではなく、都市部と地方で傾向が異なります。首都圏では2000年代初頭から廃止や簡素化が進み、玄関先5〜10分の訪問や地域訪問(家の場所確認のみ)に移行した学校が多数です(まなびガイド)。
一方、地方の一部では依然として従来型の家庭訪問が続けられています。地域コミュニティが密接で、保護者と教員の信頼関係が深い地域では、廃止への抵抗感も強いのが特徴です。
また、同じ市区町村内でも学校によって方針が異なるケースがあります。これは、校長や教育委員会の判断、児童数、地域特性(治安や災害リスク)によって最適な訪問形式が異なるためです。結果として、「完全廃止」「希望制」「地域訪問」「従来型」という4つの形態が混在しているのが現状です。
家庭訪問の現状は、地域特性と学校方針の影響を強く受けるため「全国一律の答え」は存在しない
家庭訪問廃止による影響と代替策

- 保護者側のメリットとデメリット
- 先生側の業務負担軽減効果
- 子供の安全・教育への影響
- 新たな面談スタイル(オンライン・希望制)
- 今後の家庭訪問の在り方
保護者側のメリットとデメリット
家庭訪問廃止により、保護者が得られる最大のメリットは時間的・精神的負担の軽減です。従来型では、平日昼間に在宅するために有給休暇を取得し、掃除やお茶菓子の準備を行う必要がありました。住まいモンスターによると、ベネッセ教育情報サイトの調査では、保護者の約7割が「家庭訪問は不要」と回答。その理由として「学校面談と内容が重複する(76.4%)」「準備が大変(49.4%)」が挙げられています。
また、玄関先での短時間面談やオンライン懇談に切り替わることで、仕事を休まずに参加できる利便性も向上しました。特に共働き世帯にとっては、生活リズムへの影響が大幅に減ります。
一方、デメリットも存在します。家庭訪問の中止によって、家庭環境や地域の状況を担任が直接知る機会が減少し、緊急時や問題発生時の対応が遅れる可能性があります。また、学校行事やPTA活動の縮小と相まって、保護者と教員の直接的な交流機会が減り、信頼関係が築きにくくなるという懸念も指摘されています。
家庭訪問廃止は利便性を高める一方で、学校と家庭の距離を広げるリスクを伴う
先生側の業務負担軽減効果
家庭訪問は、教員にとっても大きな負担となっていました。新学期は授業準備、保護者会、成績管理など多忙を極める時期であり、家庭訪問のスケジュール調整や移動時間が業務圧迫の要因になっていました。まなびガイドによると、1日に訪問できるのはせいぜい4〜5軒。全児童を対象とした場合、数日間にわたって授業時間を削らざるを得ない状況でした。
家庭訪問廃止や簡素化によって、教員はその時間を授業改善や教材研究、児童の学習支援に充てることができるようになりました。特に働き方改革以降は、長時間労働削減が教育委員会からも強く求められており、家庭訪問の見直しはその一環として位置付けられています(ファミリードクター)。
しかし、現地で得られる「家庭環境の肌感覚」が失われることで、教員が児童の背景を理解する機会が減るのも事実です。そのため、多くの学校では完全廃止ではなく希望制や地域訪問型を採用し、業務負担軽減と情報収集のバランスを取ろうとしています。
家庭訪問廃止は教員の働き方改革に直結するが、児童理解の機会をどこで補うかが課題
子供の安全・教育への影響
家庭訪問廃止の最大の懸念点は、子供の安全確保と教育的サポートの質低下にあります。従来の家庭訪問では、担任が直接家庭や地域を訪れることで、通学路の危険箇所や家庭環境のリスクを把握できました。虐待やネグレクトの早期発見にもつながる重要な機会だったのです(アーバンライフ東京)。
オンライン懇談や学校内面談では、こうした生活環境の直接的な観察が困難です。そのため、廃止後は別途「地域訪問」や「通学路安全確認日」を設ける学校も増えています。特に災害時や緊急時には、児童の居場所や周辺環境を事前に把握しておくことが迅速な対応につながります。
教育面では、家庭訪問をきっかけに築かれる信頼関係がなくなることで、保護者が問題や悩みを相談しづらくなる可能性があります。心理的ハードルが高まり、学校との連携が遅れることは、子供の学習・生活面の課題解決に影響を与える恐れがあります。
家庭訪問は安全確認と信頼構築の役割を持っていたが、その代替策を確立しないと児童のリスク管理が難しくなる
新たな面談スタイル(オンライン・希望制)

家庭訪問廃止後、多くの学校ではオンライン面談や希望制訪問が導入されています。ZoomやMicrosoft Teamsなどのオンライン会議ツールを使えば、保護者は自宅や職場からでも参加可能で、時間の制約が大幅に減ります(住まいモンスター)。
また、訪問を希望する保護者のみ対象とする「希望制」では、教員の移動負担を軽減しつつ、必要な家庭へのアプローチは維持できます。さらに、玄関先や校内の短時間面談、夏休み期間中の訪問など、柔軟なアレンジも広がっています。
一部の自治体では、地域訪問と組み合わせた「ハイブリッド型」も導入されています。これは、年度初めに担任が地域を歩いて安全確認を行い、その後必要に応じてオンラインや学校面談で詳細な話し合いを行う方式です。これにより、現地確認の利点と効率性を両立できます。
オンライン化と希望制の導入は、家庭訪問の利便性を高めつつ必要な交流を維持する現実的な解決策
今後の家庭訪問の在り方
家庭訪問はその歴史的役割を終えつつありますが、完全廃止が必ずしも最適解ではありません。これからの学校と家庭の関係は、「目的に応じた柔軟な形態」が求められます。例えば、学習状況や生活面に特別な課題がある児童には個別訪問を行い、その他の家庭はオンラインや学校面談で対応する選択肢を用意することが考えられます。
また、地域コミュニティとの連携も重要です。防犯パトロールや町内会活動と連動して、児童の通学路や居住環境をチェックする「地域訪問型」は、教育活動と地域安全活動を兼ねる効率的な方法です(まなびガイド)。
さらに、保護者とのコミュニケーションは家庭訪問以外にも強化できます。学校アプリや連絡帳のオンライン化、定期的な保護者アンケート、学級だよりの充実など、デジタルとアナログの両方を活用した情報共有体制が有効です。
教育現場では、単に行事を「やめる」のではなく、その行事が持っていた役割をどのように補完し、より良い形で継続できるかを考える必要があります。家庭訪問もその例外ではありません。
これからの家庭訪問は「全員一律」ではなく、児童や家庭の状況に応じたオーダーメイド型へと進化するべきである
家庭訪問廃止に関するまとめ
- 2000年代から首都圏を中心に廃止の動きが広がった
- 背景には働き方改革と共働き世帯の増加がある
- 保護者にとっては時間的・精神的負担の軽減につながる
- 教員は授業や児童対応に使える時間を確保できる
- 一方で家庭環境の直接確認が難しくなる課題もある
- 地域訪問による通学路の安全確認は引き続き可能
- オンライン面談や希望制訪問が新しいスタイルとして定着
- 交流機会の減少が保護者と学校の関係性に影響する可能性
- 対応方針は地域や学校によって大きく異なる
- デジタル連絡や学校アプリの活用が急速に進んでいる
- 代替策は複数の手段を柔軟に組み合わせることが効果的
- 安全面の補完体制を整えることが今後の重要課題
- 保護者の間でも是非をめぐる意見が分かれている
- 依然として従来型訪問を続ける地域も存在する
- 今後は児童や家庭の状況に合わせたオーダーメイド型が理想
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